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伝統技術

1.伝統工法を継承していくことの意味

科学技術は自然を支配することを目標として発展してきたのだとよく言われますが、日本の伝統的な建築技術には、あてはまらないと思います。
日本の伝統的な志向では、自分たちは世界の一部であるという感覚があります。 昔の日本人は、植物も動物も、人と同じように命あるものとして大切にしていました。また、しばしば生きものではない石や建物に対して擬人的な文学的表現を用いることがありますが、現代のわたしたちであってもそれにさほどの抵抗感はありません。 このように、自然や自分のまわりの世界といかに調和して生きていくかということが、昔ながらの日本人の生き方の根底にあります。

日本の伝統的な住宅建築でも、そのような感覚が大切にされてきました。 今も建物を建てるときには地の神に祈り、鬼門には張り出しがないように建て、火事に遭わないようにとの願いを込めて鬼瓦などに「水」に関わる意匠を用いたりされています。

日本の家は夏をすごしやすくつくるようにといわれました。木と土と紙で作る「呼吸する家」は、身近にある材料を使ったものでしたが、室内の湿度を調整し、庇と縁側で熱射をやわらげます。さらに夏には涼しげな葭戸を建て、風鈴をつるして季節を楽しむという習慣もありました。 また、日本の芸術や芸能の世界にある、陰影を愛したり、侘びや寂を好んだり、余白を尊んだり、余韻を楽しんだりというような美学は日本の家にも通底しています。

つまりは、伝統的なやり方で作られた日本の家が、日本人独特の感性や文化を育んできたという側面もあるのではないかと思うのです。 そう考えれば、伝統工法を次世代へと継承していくことは、日本文化そのものを次世代に語り継ぐことにつながるのではないでしょうか。

当社は、建物を建てるという仕事を通して、日本文化の礎を次世代につないでいく役割の一端を担っていきたいと考えています。

2.当社の技術継承法(1)

木造伝統建築の技術を継承するための最良の方法は、その技術を駆使できるよい仕事を多く経験することです。 ところが、今や本格的な伝統建築を作ることはたいへんな贅沢になってしまい、継続的にそのような仕事を頂戴し続けることはほぼ不可能な時代です。 次善の策としては、文化財的な建物の保存修理を通じて、優れた伝統工法に触れる機会を多く持つことです。 幸い、当社では継続的にそういった仕事に携わらせていただく機会に恵まれています。

文化的な価値の高い建物ほど、長い年月をかけて風雪にさらされて、かなり傷んでいる場合が多くあります。 しかし、木造建築は修理することができます。
保存修理の現場では、多くのことを学ぶことが出来ます。 まず、傷んだ古材を補修・取り替えする部分もありますが、基本的に同じ材料、同じ技術で修復されますので、現況の調査は必須です。 次に、古い建物でも耐震補強などを求められることもあり、その補強方法は各々の建物ごとに専門の先生方によって検討され、時には実験により検証されながら採択されています。 さらに、古い仕事の裏に隠された思考に気づかされる時には、自然と先人に敬意を払う気持ちにもなります。 このように、文化財的な建物の保存修理を通じて、当社は伝統工法の優れた点の数々を学んでいます。

3.具体的な伝統技術

看板板(かんばんいた)
設計者から図面をもらったら、大工は番付(ばんづけ)をうち、継手の位置、組み方の手順などを考えながら看板板を描きます。 看板板は出来上がった家の小屋裏に置いておく大工もいれば、持ち帰る大工もいます。
間竿(けんざお)
間竿は建物の平面方向、高さ方向の寸法の基準の棒です。主要な寸法の印をつけ、この印を部材に写し取ります。墨付けの時にいちいち寸法を測り直すことはしません。昔の当社の大工は看板板と間竿だけで住宅を建てていましたので、外観を見ただけで「あれは安井杢の建てた家だ」とわかったのだそうです。
墨付(すみつけ)
墨壺と墨差(すみさし)、曲尺(さしがね)を使って、木材に加工のための印を付け、取り付ける位置を番付で明示することを「墨付」といいます。一つの建物で一人の棟梁が墨を付けます。
光りつけ
丸太、竹、石など、自然の曲面に沿うように削り合わせることを「光る」といい、その加工のことを「光りつけ」といいます。コンパスや櫛形の定規を使って、徐々に加工していきます。柱と根石の光りつけの場合、見えない部分を削りすぎると後から木口が割れてしまうので要注意です。
大工道具
(ちょうな)、墨壺、曲尺(さしがね)が最も重要な大工道具です。祭事には「水」の字に置き合わせて祀ります。
大工道具

(ちょうな)

古来から世界各国に似たような道具がありますが、日本のものは柄に湾曲させたエンジュという木を用い、先端に刃を取り付けた道具です。今に伝わるものは立って足元に振り下ろすようにして使いますが、鎌倉時代の絵巻物によるとその頃は座って使っていたようです。丸太の皮を粗く剥いたり、クリやケヤキのように杢目の入りくんだ木材を削るのに用いられますが、工具が発達した今日では、仕上げに刃跡を見せたいとき以外には用いられることはありません。

墨壺

長い直線をひくときは、墨糸の先の軽子を木に刺して池の中の墨を含ませた綿を墨差で押えながら糸を繰り出し、壺口を材に押さえつけて糸をはじきます。最近は傾けても墨がこぼれにくいプラスチック製のものがほとんどです。
墨差は竹を加工したものです。記号や文字を書く道具です。

大工道具

曲尺(さしがね)

金属製の直角定規です。古くは真鍮や鋼で作られ、現在はステンレス製がほとんどです。表目は正規の寸法、裏目は√2倍の寸法の目盛がつけてあり、様々な使い方で複雑な立体の寸法を割り出すことができます。大工が使う曲尺は特殊な断面をしていて、しならせて使いやすくなっています。寸目盛の曲尺には、吉凶を占う特殊な目盛が表示されています。また、いつのころからか干支の絵がつけられていて、大工は自分の干支の曲尺を選んだのだそうです。

4.儀式など

日本の建築現場では、今でもチョウナ始め、地鎮祭、上棟式といった儀式が執り行われています。鉄筋コンクリートの現場でも行われることがあります。

チョウナ始め
昔は正月5日に大工が内侍所(ないしどころ)の前で釿(ちょうな)の使い初(ぞ)めを行ったことに由来し、現在では起工式で行われる場合と新年行事として行われる場合があるそうです。当社では毎年1月5日に安全祈願として行っています。
地鎮祭
地面を掘る前に、土地の神仏を鎮め、建築工事の無事と家の繁栄を祈る行事です。当社では、建物を建てる中心付近の四方に青笹を立て、しめ縄をめぐらして、祭壇を設けます。お施主様にあわせて神式仏式のいずれかで行います。
上棟式
建物の軸組を組み立て終えたときに、今後の建物の無事を祈る行事です。曳綱(ひきつな)の儀(棟木を曳き上げる)、槌打(つちうち)の儀(棟木をとりつける)を行います。このごろでは 散餅銭(さんぺいせん)の儀(餅や銭貨を撒く)まで行われることは珍しくなりました。こちらも神式仏式のいずれかで行います。
木遣(きや)り歌
本来は大木や大きな石を大勢で運ぶ時の労働歌ですが、当社では近年まで、上棟式のあとに行う直会(なおらい)で手伝いさんが祝い歌として披露してくれていました。今は後継ぎがいなくてとても残念です。