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基本は昔の工法で昔の姿に戻す、ということ。
住む人、見る人、お酒にとっても、そのほうがゆっくりしますよね。

お施主様インタビュー vol.2
増田德兵衞様

1675年創業。京都市伏見区でもっとも古い歴史を持つ蔵元、株式会社増田德兵衞商店様。300年以上にわたって「月の桂」をはじめとする数々の銘酒を生み出してこられ、現在も古き伝統を守りながら新しい酒造りに挑戦しつづけておられます。
増田德兵衞商店様の主屋と酒蔵は、京都市の歴史的意匠建造物にも指定されている貴重な木造建築物です。2009年には京町家作事組の基本設計によりご自宅や事務所のある主屋を、2019年には酒蔵を修復。築150年以上の歴史的建築物の再生のために、安井杢工務店の伝統的建築技術で施工させていただきました。

築150年の歴史ある建築物をもう一度、昔と変わらぬ姿に

当社スタッフ:
増田様のご自宅と事務所を10年前に、今年の9月には酒蔵を改修させていただきました。どちらの建物も、150年前に建てられたものとうかがっています。
増田様:
この前の道が鳥羽街道ですから、1868年の鳥羽伏見の戦いで、自宅も酒蔵も一度焼けているんですよ。3代目の曾祖父さんがまだ小さい頃ですね。お正月の3日に焼けるんですけども、うちの前でドンパチ始まって、危ないからというて逃げるときに、曾祖父さんがお正月に買ってもらった下駄を家に忘れたから取りに帰ると泣きわめいてめっちゃ怒られた、言うてました。今の事務所や蔵は、その後に4代目が建て直した建物です。
当社スタッフ:
歴史のある建築物なのですね。改修をしようと思われたきっかけはなんでしょうか?
増田様:
今まで150年間、少しずつ手直しはしていたんですが、先代もいたし、見学に来るお客様もいはるしで、なかなか大掛かりなことはできへんやないですか。本当は、もう20年も前から直さなあかんという話はしていたんです。お尻に火はついていたけど、最終の決断までいかへんかった。言うてる間にだんだん朽ちてきてですね、雨漏りしてるところはあるし、瓦もずれてるし、これはもう直さなあかんわ、と。京都市の歴史的意匠建造物に指定されていますから、修復して残していかないといけないんです。それで10年越しに、もう一度昔の姿に戻そう、ということで修復を決めました。
当社スタッフ:
数ある工務店の中で、貴重な建築物の改修を当社にお任せいただいたのはどうしてでしょうか?
増田様:
新築ならそんなにこだわりませんけど、木造住宅を、昔の工法で昔の姿に戻すわけですから、それなりに技術を持った人じゃないといけません。先人がやってきた古い木の組み方を見てみると、現代でも「え、こんなに複雑なことしてあったん」ってよう分かる。それを知っといてもらわんことには、応用が効かへん。ばらすこともできへんし、組むこともできへん、長持ちもせえへん。それでは困るんで。
安井杢工務店さんは、地元・京都で創業300年以上の歴史がある宮大工ということで評判ですし、しっかりとした技術をお持ちやから、ベストやと思いました。
当社スタッフ:
ありがとうございます。ご自宅につづき、酒蔵の再生も当社へご依頼いただきました。
増田様:
事務所と蔵は道路をはさんで向かい合っていますから、一貫性がないとちぐはぐになるでしょ。強度も大事ですけど、世界中から観光客や建築家が見学に来はりますから、ただ直すだけじゃなく、格好よう直してもらわんと。「大丈夫かな」と不安感があるまま任せるのは嫌ですやんか。ええ仕事してはるな、という感じじゃないとね。

昔の面影残る姿に見える"空間の余白"の美しさ”

当社スタッフ:
10年が経過して、ご自宅の住み心地はいかがですか?
増田様:
それはもう、前とは全然違って暮らしやすいです。昔は隙間だらけでしたからね、冬は寒いわ夏は暑いわ。階段も急やったんです。それを、天井を全部めくって梁を出して、床の弱いところは根太も入れ直して、階段の角度を計算して向きを変えて。もう、相当。つぶしたほうが早いやん、というくらいに全部やり直しましたから、断熱性も耐震性も高まって、快適に暮らせる住まいになりましたよ。
当社スタッフ:
外壁はそのままに、室内は新しくリフォームされたのですね。
増田様:
そうです。京都市の指定を受けているので外観は変更できませんが、中はそれなりに新しい形に変えました。極力、昔の面影は残しながらね。全部が全部、新品に変えていくというリペアじゃなくて、残せるものは残しながら修復するというやり方なんで。明治時代のガラスなんかも全部再利用して、柱や梁も使えるところは使いました。それでいて、古い中にも新しい材料や技術を入れてもらって。例えば、廊下の段差をなくしてバリアフリーにしたり、床暖房を入れたりとかね。
あとは見た目。商売もんやから、お客様にも来てもらわなくちゃいけない。家といっても生活空間だけやないんです。それなのに以前は、窓枠が木やったりサッシやったりしたんです。そんなん、一貫性がなくて格好悪いやないですか。だからサッシは全部木に変えましたし、エアコンもビルトインにしました。
当社スタッフ:
事務所の内装も素敵になりましたね。
増田様:
ええ、こんな吹き抜けの空間なんて、前はなかったんです。今はここで「おくどさん」の上に一枚板のテーブルを置いて、お客様とパーティーをすることもありますよ。カウンターの天板は400年前のけやきの梁を再利用しています。だから、ほぞの痕もそのまま見えてますでしょ。カウンターの壁面には、蔵からたまたま出てきた古い樽をバラして、張ってもらってね。 2階は、ゆくゆくはみなさんが見学できるように、古い箪笥や長持ちなんかを展示しようと思ってます。
当社スタッフ:
リフォーム後、気持ちのうえで変化はありましたか?
増田様:
以前はごちゃごちゃといろんなモノを捨てずに置いてあったんですが、今は極力、モノを置かないようにしています。
空間の余白というものを大事にしていきたいなあ、と思うようになりましたね。
当社スタッフ:
酒蔵はどのような工事をしたのですか?
増田様:
骨組みはそのままですが、傷んでいる根太は直して、梁も職人さんが見て「これはもたへん」と判断したものは入れ替えてもらいました。天井も屋根の葺土が入っていたのを取り除いたんで、ずいぶん軽くなりましたよ。去年の台風で壁が落ちたり屋根がずれたりした部分は、漆喰壁を一回全部落として塗り直して、控え壁を設置して、瓦も焼き直して。地震や台風があっても、明日で酒造りをやめる、というわけにいきませんから、最低100年はもつようにね。
素材の質も落とさずに、最大限いいものを使ってもらいましたよ。贅沢はできませんが、そのほうが長持ちもしますし、仕上がりの雰囲気がまるで違いますから。
当社スタッフ:
修復が終わった酒蔵を見て、どう思われましたか?
増田様:
40年ほど前に撮った写真と変わらへんようになったなあと思います。新しくなったところもあるけれど、自宅も蔵も、基本は昔の工法で昔の姿に戻す、ということ。住む人、見る人、お酒にとっても、やさしい。そのほうがゆっくりしますよね

現場合わせの蔵の再生。きめ細かい調整で修復が進んでいく

当社スタッフ:
工事中は現場にも頻繁に足を運んでくださいましたね。
増田様:
そうですね。新築やったらパース通りにできあがっていくから想像がつくけど、昔の木造住宅の修復やから難しい。材料も組んでみないと分からへん。照明の明るさも木の色目も現場で見ながら「こんな風にしてほしい」と相談して。全部、現場合わせです。
当社スタッフ:
酒造りの要となる酒蔵ですから、相当に注意を払われたのではないでしょうか?
増田様:
かなり細かいことまで見ましたね。酒蔵は使い勝手も大事です。屋根を触って空気の取り入れ口を変えたから、空気の流れや温度にわずかな違いが生まれる。そこに僕がいろいろ注文をつけるから、途中途中で変更になる部分も多かったですよ。そのたびに材料を探してくれはって。本当にありがたい。
当社スタッフ:
現場の対応にはご満足いただけたでしょうか?
増田様:
無理難題も相当言いましたが、誠意をもってやってくれましたよ。僕の言うことを聞いてくれるところと・・・聞いてくれないところと(笑)。現場監督がものすごいきっちりした人やったから、僕がええ加減に「これ、ちょっとこうやっといて」と言っても、その場ではうんと言うてくれへん。「はい!」と返事したあとで「もう少しお待ちください」と。どこに材料の発注を出して、こっちの具合がどうでという、やりとりがあるんですね。
当社スタッフ:
貴重な建物を修繕する工事でしたが、職人の技術はいかがでしたか?
増田様:
僕、小さい頃から家に出入りしてはった大工さんの仕事を見るのが大好きでね。その大工さんの腕を知ってましたから、安井杢さんの職人さんの仕事をみても、さすがにちゃんと直していかはんねんな、と分かりました。鎌継手もやっぱり使わはるんやなあ、とかね。古い材料を取り除いたり、入れ替えたりという作業がたくさんあったんですが、大工さんが「こんな風になってますよ」というのを見せもって、ときに古い工法で、ときに現代風に変えていく。勉強になりました。
当社スタッフ:
酒造りの期間をはさみ、長い工事になりましたね。
増田様:
そうですね。毎年10月から4月までの半年間は酒造りにかかるので、9月でいったん工事をストップして、また翌年の4月から再開してもらいました。中途半端で止まったらかなわんので、ぎりぎり、きりのいいところまで進めてもらって。
去年は、ちょうど工事の期間に台風や地震の被害があちこちであったから、屋根職人さんは引っ張りだこやったんですよ。それでも、うちも修理せんと酒造りができへん。現場監督さんが頑張ってなんとか職人さんを集めてくれて、日曜日まで作業に来てくれていました。おかげさまで、今年の9月にきっちり工事が終わりました。
ご近所のみなさんも「きれいになってよかったですね」と言うてくれはるし、従業員もみんな喜んでます。蔵なんかは、柱とか鉄骨の裏とか、いまだに毎日拭き掃除してますわ。
当社スタッフ:
工事中、当社に至らない点はありませんでしたか?
増田様:
ないですよ。満足してます。
修復が終わって今で1ヶ月。蔵人(くらびと)が来て酒造りが始まると、ここはもうちょっとこうしたほうがいいな、という部分は出てきています。実際に、お米を蒸すなんてことは工事中にやってないから、結露の仕方なんて分からへんですやん。だから、ひととおり酒造りが終わったら、細かいところで調整は必要でしょうね。でもそこはまた直してくれはるし、心配はしてません。

革新を恐れず、古き良き伝統を継承してほしい

当社スタッフ:
当社への今後の期待やご要望などおありでしたら、お聞かせください。
増田様:
古き良き伝統をいつまでも大事にして、後世に残していってほしいですね。
今回の工事でも、ベテランの大工さんが若い職人さんに教えてはる姿を見かけました。そうやって受け継ぎつづけてもらいたい。 とはいえ、古い建築物も古い技術だけでは維持できません。現代工法も当然学ばないといけないでしょうし、新しい材料、新しい感覚も取り入れていかないといけない。 それは酒造りも同じ。伝統を残すにためには、革新を恐れずチャレンジすることも必要です。一緒にがんばりましょう。
当社スタッフ:
本日は貴重なお話をお聞かせいただきまして、どうもありがとうございました。
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