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文化財を活かすための
修復をめざして

お施主様インタビュー Vol.3
本法寺様

叡昌山本法寺は、上京区寺之内にある日蓮宗寺院で、十六箇本山の一つに数えられます。久遠成院日親上人(1407-88)によって建立され、開創の時期や場所については諸説ありますが、天正18年(1590)十世貫主日通上人が、本阿弥光二・光悦親子の支援を受け現在地に寺地を遷されました。天明の大火(1788)によって経蔵と宝蔵を残してすべての建物は焼失しましたが、寛政末から文化年間(1804-17)にかけて、檀信徒の方々の願いにより主要堂舎が復興されました。本法寺は、塔や楼門を備えた近世日蓮系諸宗本山の最も整った景観を伝え、全国的に見ても貴重な伽藍群といえます。
本堂・開山堂・多宝塔・仁王門・庫裡・書院・大玄関・唐門・鐘楼・経蔵・宝蔵・石橋・棟札13枚は、平成7年(1995)に京都府指定有形文化財に指定されています。 京都市の中心部分では、戦乱や火災によって多くの古い建物が失われました。したがって、京都市内には意外と文化財に指定されるような建物は少なく、これだけの数の指定文化財建造物が一つの敷地に揃っている例は多くはありません。 安井杢工務店は2006-2007年に多宝塔・鐘楼・経蔵、2011年仁王門、2013-2014年書院、2015年唐門の修復工事をさせていただきました。 これらの修復工事は京都府の設計監理により行われました。
※文化財建造物では通常「保存修理」という用語を使いますが、このページでは「修復」という言葉を使わせていただきます。

文化財修復のとっかかりは誠実な対応

当社スタッフ:
本法寺様では多くの文化財建造物をお持ちですが、維持管理はたいへんなことと思います。当社では2006-2007年に多宝塔・鐘楼・経蔵、2011年から順次、仁王門・書院・唐門の修復工事に携わらせていただきました。多宝塔の修復は先代の大塚様の時でしたが、仁王門以降の修復は瀬川様に代わられてからですね。
ご住職は、以前は千葉にいらしたとうかがいました。そちらではお出入りの工務店さんがおられたのですか?
貫主 瀬川日照様:
(以下 貫主様)
私の千葉の柏の寺は、古くなって建て直したのね。私が若いころ修行に入ってた徳大寺(摩利支天)さんを設計した人が図面を引いて、工務店を紹介してくれた。
私は建設についてはそんなに詳しいわけじゃないんだけど、なかなかいい大工さんで、当時よく話したし、一杯お酒を飲んだこともあったんだ。そん時、いい大工さんにやってもらうってのは大切だなぁと思ったわけだよ。そいでその大工さんが言うには、いい大工さんってのは半日ぐらいカンナ研いでて、そんなに仕事はしないんだよって。
昭和40年頃だったから、今みたいに既製品をたくさん使うこともなくて、庭に作業小屋を作ってそこで大工さんがチョンナやったりさ。いい大工さんと、安い日当で釘打つだけの大工さんとかいてさ、棟梁が采配するんだ。当時はなかなかよく仕事が見えて、面白かったですよ。
当社スタッフ:
ご住職は関西に来られたのは、本法寺さんが初めてですか?
貫主様:
そうだよ。上野の徳大寺から、学校も通ったし。だから私はアメヤ横丁の山手線のガード下で育ったんだ。当時はバナナのたたき売りから、海産物の問屋さん、偽物の金属屋さん、進駐軍のおさがりを売ってるような店とかあってね。本当は身延山みたいな山の中で修行してればいいんだけどさ(笑)。
当社スタッフ:
ご住職が代わられたら工務店を変えてもいいと思うのですが、本法寺様の文化財建造物の修復にあたって、当社を選んでいただけた経緯などお聞かせください。
貫主様:
先代の大塚さんから多宝塔やらなんやらやったんですよって、文化財の建物は修復の時にそんなやたらに材料をとっかえられないんだなって話と一緒に、この書院が雨漏りするって聞いてたんだな。そしたらたまたま、安井杢さんが挨拶に来たんだ。まあ、世辞は言わないけど、その時、誠意のある感じだなというふうに思ったわけだ。前の建物も文化財保護課との間もトラブルなく無事に修復できたという話があったし、安井杢さんは文化財の手続きにも慣れてるだろうから、私もその気になってたんだけど。文化財は書類の提出とかもたいへんなんだろう?
当社スタッフ:
ある程度は書類にも慣れが必要かもしれませんが、文化財の修復工事では補助金もいただけますし、ちゃんと手続きは踏まないといけないですね。
貫主様:
うーん、補助金はね、そんなにあてにはしてなかったんだ。国の重要文化財じゃないし、京都府からそんなにたくさんはもらえないからな(笑)。
ともかく本法寺へ来て半年ぐらいの頃だな、書院の修復をしなきゃと思ってたら、三門が腐れてひっくり返りそうだっていうから、また安井杢さんに見に来てもらったんだよ。
したらまぁ、普通なら商売になるんなら「私んところですべてやりますからお任せください」ってサーっとやるところが、安井杢さんは「まず調査をしてから」。私はせっかちなほうだからさぁ(笑)。とにかく、柱をこう、持ち上げたんだよな、確かに中がぐちゃぐちゃなんだよ。やっぱ調査をして、段取りを踏んできちんと修復してくれたというのがよかったんだな、私にしてみると。
当社スタッフ:
文化財の修復工事においては、記録は必須ですので、最初はちょっとそのテンポに驚かれたのですね(笑)。
貫主様:
私は、建設はとっかかりが大切だと思うんだよ。先代の大塚さんもいろいろ大変だったと思いますよ、文化財だから勝手なこともできないし、やりたくても予算の都合でできないこともあっただろうし。ただ安井杢さんには予算の面だけじゃなくて誠実な対処が見受けられたから、また続いて頼んだんだよ。

文化財の修復工事中、よかったこと、わるかったこと

当社スタッフ:
当社の修復工事中の対応はいかがでしたか?
貫主様:
よく言うことも聞いてくれた。あすこ(三門)は千家さんの家元の隣だから、お稽古に来た女性に万が一怪我でもさせたらたいへんだし、堀川通から抜けて駐車場に行くのに脇を開けろとか言う人もいるだろうしさ。三門の修復工事が終わるまでは、アリンコ一匹絶対通さないようにしてくれっつったら、ビチーッと通行止めにしたから。そのへんはね、たいしたもんだな。私は感謝してんだよ。
当社スタッフ:
ほかの工務店とは比べておられないのですか?
貫主様:
比べようと思えば、ほかにも文化財の修復をやってるようなところはいっぱいあるよ。でもやってもらわないといいも悪いもわからないからね。結果として安井杢さんの大工さんは、いいなと思いますよ。
当社スタッフ:
文化財の修復工事以外の範囲でもいいので、悪いところがあったら教えてください。
貫主様:
まあね、細かいところ、苔のところには水撒いといてくださいよってのが、全然撒かないから枯れてステンテンになっちまうし、木は1本枯れちまうし。そういう、文化財の建物の修復工事とは関係ない仕事は忘れちゃうんだろうな、やっぱしさ。
当社スタッフ:
申し訳ありません!今後そういうことがないように申し伝えます。
貫主様:
請求はピシッと3回、ちゃんとピシッと来てたからいいけど(笑)。あとで追加工事だヘチマだってのがあんまりなかったし、見積書もちゃんとしてるし。
当社スタッフ:
文化財の建物は、工事を始めてみたら思わぬ傷み具合が発覚、なんてことがあっても適当に修復はできませんので、お施主様に費用面でご迷惑をかけてしまいかねません。だから事前に調査をさせていただいて、なるべく最初のご予算内で納めさせていただきたいと思っております。
貫主様:
骨組みはそのままですが、傷んでいる根太は直して、梁も職人さんが見て「これはもたへん」と判断したものは入れ替えてもらいました。天井も屋根の葺土が入っていたのを取り除いたんで、ずいぶん軽くなりましたよ。去年の台風で壁が落ちたり屋根がずれたりした部分は、漆喰壁を一回全部落として塗り直して、控え壁を設置して、瓦も焼き直して。地震や台風があっても、明日で酒造りをやめる、というわけにいきませんから、最低100年はもつようにね。
素材の質も落とさずに、最大限いいものを使ってもらいましたよ。贅沢はできませんが、そのほうが長持ちもしますし、仕上がりの雰囲気がまるで違いますから。

文化財である建物を修復して、活かす

当社スタッフ:
文化財建造物も、近頃は活用が大切と言われています。修復の後、お使いになったご感想はいかがですか?
貫主様:
いいですよ、なかなか。この書院は、死んでたのが生き返ったんだから。昔はすごかったんだよ。ネズミの運動会場になってて、布団なんか出せなかったよ。 畳は全部新品にしたからね。修復工事が終わって中に入ったとき、まず畳の匂いがよかった。
ただ、隣の涅槃会館から上がって屋根を見りゃ、「うわぁ、こりゃきれいになったね」って人は多いけども、中へ連れてったらみんな「どこ直したんだぃっ!」って言うんだ。だから「この畳の上、歩いたってボコボコしねぇだろう!」つって(笑)。文化財の修復ってのはそれでいい、と私は思ってんだけども。
当社スタッフ:
どこを修復したかわからないというのは、私共にはうれしい言葉です。 文化財建造物の修復工事においては、修復した部分とオリジナルの部分を厳密に区別しておかなくてはならないのですが、そのように言っていただけるのは、建物全体が文化財としての価値を損なうことなく、元からそうだったように見えるということだと思うからです。
貫主様:
まぁ直したんでよかったよ、能までやったんだから。貸してくださいって来たから、畳だから能には使えないでしょっつったら、いいや、これだけしっかりしてたらいいですよって言うからさ。それと同時に、上段の間の間数が能の舞台にはピッタリなんだって。そういうのに使えるようになっただけでもすごいでしょ。
書院の前の庭が「巴の庭」つって国の名勝だからな、それも併せて、この間、源氏物語の語り部の会で使ったんだ。語り部の女の人がすごい格好いいんだ、着物着てさ、上段の間で源氏物語をしゃべるわけだよ。 茶会もできるようになったし。書院の修復が終わった時に、大事な人、協力してくれた人を招いて茶会をやったんだ。家元も来てくれてね。 琳派400年の年には、ここに芸妓・舞妓さんを90人ほど集めて光悦の話をしてくれって言われて、やったんだ。
当社スタッフ:
まさしく活用ですね。文化財指定されると好きなように使えないと思われる方もあるように聞きますが、皆さんが、本法寺様の建物が修復されるのを心待ちにしておられたのではありませんか?
貫主様:
おかげでいろいろ話題になったんだよ。文化財だから昔の通りなんだけど、しっかり修復したからさ、畳の上で跳ねたって柔道やったって大丈夫だよ、今はな。

人を育てる

当社スタッフ:
こちらにはやはり、若い方が順番に修行にいらっしゃいますか?
貫主様:
そうそう。出たり入ったり、あるけどね。この間も3年経ったからって郷里に帰ったのがいたんだけど、3年っていうとね、長いみたいだけど早いし、人を育てるっていうのも大変だよ。大工さんだってそうだろうけども、3年じゃ一人前にならねぇからな。
当社スタッフ:
厚生労働省に1年3年5年10年ていう離職率のデータがありますが、やっぱり、3年が多いらしいです。当社も今そうなんです。ひとつの文化財建造物の修復工事でも数年度にわたることもありますし、3年で経験できることは限られていると思うんです。文化財だけでなく、誰もがどこに出ても恥ずかしくない仕事ができるようになってもらいたいのですが。
貫主様:
今の時代はみんな即席ラーメンだから、それでいいんだろうけど。でも10年いたってダラダラな奴はダラダラなんだよ。やっぱしその人の心がけですよ。安井杢さんは育てようとしてるから、いいと思いますよ。

文化財建造物の修復を通じて 社寺建築の技術を継承する

当社スタッフ:
当社に対して今後のご希望などがおありでしたら、お聞かせください。
貫主様:
安井杢さんには、今後も文化財の修復や新築の社寺建設をキシッとやって有名になってもらいたいと思うよ。後から、やっぱし本法寺を修復したのも安井杢さんだったんだって言われるようにな(笑)。
当社スタッフ:
本法寺様でもそうでしたが、文化財建造物の修復工事のたびに、伝統的な建築技術を勉強させていただいています。修復工事は、ひとつの文化財を守るためだけでなく、工事を通して建築技術を後世に伝えていくという側面もあるのだと思います。
その経験を活かして、将来文化財になるような新しい建物を作っていけるようになれることも目指していきたいと思います。
貫主様:
今は信仰心からお布施を出すなんて人が少なくなっちゃったから、本山でもどこもお金なんかなかなか集まらない。そいでもさ、やっぱしみんな出してくれてね、書院の雨漏りも止まって、お月さんが見えるくらいの穴があいてた唐門も直せちゃったし。まだ修復するところはいっぱいあるけど、やっぱひとつひとつやってかなきゃしょうがないなと私も思ってんだ。 だから、またなんかあったら頼みたいなぁとは思ってるけどさ。
当社スタッフ:
ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
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